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降雪後、大霧山に遊ぶ




 2018年1月22日(月)午後から降り始めた雪は、東京首都圏で場所により積雪20cm超となった。降雪後4日経過し、通行量多い車道では夏タイヤでも通行可能と考え、さいたま市の自宅を朝6時20分出発した(氷点下4度)。
 富士見道路、東松山を経由して、小川町から東秩父村に入った。橋場のバス停から、彩の国ふれあい牧場方面へ向かう車道は一部凍結していたが、この車道を離れる登山口(近年、トイレ新設)に車を駐車し(氷点下6度)、歩き出した。
 さいたま市の拙宅付近より、降雪量は少なめだった。粥仁田峠の東屋(あずまや)で軽アイゼン(四つ爪)を装着。山道には、降雪後の足跡が登り下り1人と犬一匹。無雪期と所要時間ほとんど変わらず、80分で山頂に到着。
 尾根筋に出ると、寒風が肌を突いたが、快晴のもと、雪の連山の展望は圧巻だった。眼下に秩父盆地、屏風を広げたような山容の両神山、西上州の赤久縄山、西御荷鉾山と東御荷鉾山、その後ろには、ぼんやりと浅間山が見えた。南から西へ、奥秩父の連山、その後ろからわずかに八ヶ岳連峰、榛名山、赤城山、奥日光の山々、そして関東平野。素晴らしい展望だった(添付写真:山頂からの北西方向への展望パノラマ。左から、両神山、赤久縄山、西御荷鉾山と東御荷鉾山)。山頂から定峰峠方面の尾根には、降雪後の足跡は全く無かった。
 山頂からは同じ道を登山口まで戻ったが、途中、登ってくる中年の男性3名とすれ違った。帰路は小川町経由で、玉川温泉の湯船で悴んだ体を解した。山に登った後の私のお気に入りは、温泉とともに、地元産の新鮮な農産物を買って帰ることだ。最近、東秩父村に新設の農産物販売所ができ、玉川直販所(ときがわ町 ふれあいの里たまがわ)とともに、山歩き後の楽しみが増えた。
 今回は天候に恵まれ、降雪後のためひと際、展望と静寂が素晴らしい山歩きだった。



comment:1 件 18/01/30 16:10



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西御荷鉾 山歩き:2012年5月

山名御荷鉾山(1286m)  
山行日2012/05/17
山行時間休憩を含めて、凡そ2時間
山行ルート西御荷鉾山・西登山口(みかぼ高原荘からの道とスーパー林道の合流点)でマイカー下車10:12AM ⇨ (スーパー林道を歩いて、南登山口と尾崎喜八の石碑経由で)⇨ 投石峠登山口10:55AM ⇨ 西御荷鉾山頂11:32AM ⇨(なおも稜線伝いに)⇨ 西御荷鉾山西登山口12:05PM マイカーに戻る。




万場町(現 神流町万場)から(みかぼ高原荘経由で)西御荷鉾山西登山口でマイカー下車。10:12AM発 ⇨ (スーパー林道を歩いて、南登山口:トイレ休憩 と尾崎喜八の石碑経由で)⇨ 投石峠登山口10:55AM ⇨ 西御荷鉾山頂11:32AM ⇨(山頂直下で南登山口への下山路を左に分けて、稜線伝いに)⇨ 西御荷鉾山西登山口12:05PM マイカーに戻り、万場町の道の駅 万葉の里、日帰りの湯 桜山温泉センター(藤岡市鬼石)を経て、本庄児玉I.C.より帰宅。単独行。

帰宅後、自宅近くの図書館で『尾崎喜八詩文集5 雲と草原』(創文社刊1958年初版) を借りて『神流川紀行』を読む。JR高崎線本庄駅からバスに乗り、途中三波石を見て、万場まで歩いた尾崎氏。今も営業する今井屋旅館に一泊後、御荷鉾山を目指す。この一連の素晴らしい文体に、戦前の神流川流域の情景が目に浮かぶ様。実は、かく言う小生も1972年10月25日友人と2人でJR高崎線新町駅を振り出しにバスで鬼石経由法久へ。山腹に点在する家々の軒先をかすめて稜線の石神峠へ。東峰から投石峠を経て西峰へ、稜線をオドケ山への分岐あたりから外れて下る。万場の街に着く頃には夕闇が迫っていた。尾崎氏が亡くなられたのが1974年2月というから碑の建立はそれ以後。スーパー林道が通じる昨今では、山腹に点在する家々のざわめきも今はむかし。拙宅近くの荒川の土手(さいたま市の羽根倉橋付近)の上から、晴れた日に秩父連山の北端に東西2峰の美しい盛り上がりを見つけると40年前の山行を思い出す。






comment:1 件 18/01/30 16:06


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